◆世界の結婚式・・・ケニヤ・ナイロビ編・・・ゆのさん◆


「駐在員の妻たち」読者の皆様、こんにちは。

私は現役駐在組です。現在、東アフリカに有るケニア共和国の首都、
ナイロビに住んでいます。
アフリカ駐在は、西アフリカのコート・ジボアール共和国のアビジャンに続い
て、2回目です。

こういう「駐妻」を語るメールマガジン、有ったら良いなあと思っていました。
このメルマガは先進国の話題が多いようですが、こんな所に住んでいる私
でも話の仲間に入れてもらえますか?

もしかすると、後進国駐在で不安を抱えている人も、このメルマガを読ん
でいるかもしれません。
私も含めて、そう言う人の愚痴も聞いてもらえるとうれしいです。
今回は、先日私が体験した「ケニアの結婚式」をレポートします。

〜結婚式〜
主人が一枚の招待状を持って帰宅しました。
それは、結婚式への招待状でした。差出人を見てビックリ!
なぜって、ず〜っと前に一度だけブリッジの会でご一緒した、ケニアの最高裁
判事からのものだったのです。はっきり言って「その場限りのお付き合い」と
思っていた私達を、息子さんの結婚式に呼んでくださると
いうのです。

さあ、どうしましょう・・・。
日本でなら沢山出席したことのある結婚式ですが、私も主人も「外国人さん」
のお式は初めて。何を着て行けば良いのか、何を持って行けば良いのか、皆目
見当がつきません。
でも、こんなチャンス2度と無いかも!と思った私達は、好奇心丸出しで参加
することにしました。

当日、会場はナイロビ郊外にあるカレン・ブリュクセン・ミュージアム。
ここは映画「愛と哀しみの果て」(ロバート・レッドフォードとメリル・スト
リープ共演)の撮影が行われた所です。
駐車場で車から降りた私達の目にしたものは・・・。
車寄せから庭まで敷き詰められた真紅の絨毯。生花で作られた入場門。
8人掛けテーブルが9個入った大テントが6個。
メインのテントには高砂(?)と新郎新婦の家族のテーブル。
その高砂の後ろには、生花を山ほど乗せた馬車が、実物大の馬の置物数頭と
共に飾られていました。

あまりのスケールに圧倒された私達ですが、取りあえず会場へ。
ゲートでは新郎新婦が私達を迎えてくれました。
お二人ともインド系ケニア人。

昔、植民地時代に鉄道敷設の為にイギリス人が連れてきた、インド人の末裔
です。要するに外見はインド人。
そして、新郎も素敵だったけれど、新婦はこの世の人とは思えない程、
肌も白くて美人でした。

ここで2人へのプレゼントを渡す事になっているのですが、花篭や、食器、
花瓶などが多い中、目を引いたのはボーイ2人がかりでペルシャ絨毯を運ば
せてきたおじさんでした。

どうやら席は決まっていないらしく、声をかけてくれたポーランド人夫婦と
席に着きましたが、招待状に書かれていた開始時刻(午後1時)を過ぎても
来ている人はちらほら。

それから延々2時間。「ポツン」という感じで座っていた私たちは、来場者
の入場を眺める羽目になりました。
呼ばれる方も呼ぶ方も、時間なんて気にしていないのです。

やっと3時近くなって、新郎のお父さん、新郎の小学校の友達のスピーチ、
地元小学校の子供達の合唱が有りました。そして、お食事(ビュッフェ)
です。食事は見事にカレー一色!
我が家の隣のインド人は、3食正しくカレーを食べている様ですが(にお
いで判る)、結婚式も正しくカレーでした。

食事も終わって、「さて、次は何が起こるのかな?」と期待しながら待っ
ていた私達。が!なんと、招待客は三々五々帰り始めたではないですか!

日本だったら、新郎新婦の紹介とか、2人の馴れ初めとか教えてくれたり、
友達の出し物(?)が有ったり、親戚のおじさんがいきなりカラオケを歌
ってみたり・・とにかく色々有るじゃないですか!

そんな最初から最後まで、ビッチリプログラムの決まっている結婚式に慣
れていた私達には、最初の10分くらいしかプログラムの無い結婚式は、
思い切り度肝を抜かれました。

結局、何だか判らないうちに始まって、あっという間にお開きになった
結婚式。正直「あんまり盛り上がってなかったねえ」という感じでした。

やっぱり私達には、最後に新郎新婦からの花束贈呈で、日頃気難しげな
お父さんが泣いちゃうような、そんな結婚式が性にあっているのかもし
れません。


ゆのさん、ありがとうございます。
>後進国駐在で不安を抱えている人も、このメルマガを読んでいるかもし
れません。
>私も含めて、そう言う人の愚痴も聞いてもらえるとうれしいです。
もちろんです。世界は広いです。

私、こんなところにいま〜す、というかた。大歓迎です!
メール、お待ちしています!(Pumpkin)

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